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わが暮らしをうたふ
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百姓に転身我が人生
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花笑み
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関東管領 上杉憲実
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分校っ子
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セピア色の思い出さがし
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多摩の丘陵
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わすれな草
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親父の青春
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亡き妻伊子の思い出
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関東管領 上杉憲

〈上・下巻〉

小倉 清次 著
2009年9月刊行
A5 ソフトカバー
上巻 514P
下巻 498P

オンデマンド印刷で各50部制作


 時代は十五世紀、上杉憲実とは誰か。圧倒的な筆力と時代考証。上・下巻、合わせて1000頁を超える著者渾身の歴史小説。

きっかけ(上巻の巻頭はじめにより抜粋)

 主人公・憲実公は紛れもなく「生粋の上杉っ子」です。これが、本書を執筆したきっかけの一つ、というわけではありません。

 では、きっかけは何かというと、いくつかあります。

 一つ目は、私が今まで活動してきた歴史研究の成果を形として表したいという思いがあったことです。研究成果を発表するには「論文」が一番相応しいと思いますが、私は素人ですから論文では発表しにくい。でも、何らかの形で書き残したいという思いがあり、その到達点が「長編小説」というものでした。論文だと根拠を挙げて真実(またはそれに近い内容)を書かねばなりませんが、小説ならわからない部分については虚構として書けるというのが一番の理由です。

 二つ目は、平成二十二年(二〇一〇)が上杉憲実公の生誕六百年という記念の年にあたるからです。憲実公は応永十七年(一四一〇)、(新潟県上越市)にて越後上杉の三男として誕生しました。

 三つ目は、平成二十年(二〇〇八)二月三日に長年一緒に生活してきた父を突然亡くしたことです。

 二つ目と三つ目は相互に関連しております。それは、父を亡くしたためにあまり親孝行をしてこなかった私が罪滅ぼしと言えないまでも、自分自身にしかできない「何か」をやり遂げたいと思うようになり、そのときに、二年後には憲実公の生誕六百年を迎えることを知りました。その瞬間、「そうだ。自分が長い間細々と研究してきた憲実公について書きたい。それも、小説という形で後世に残したい。」と思いました。プロの作家のようには書けないまでも、自分にしか書けない作品を手掛けたいと強く感じたのです。二年後となると、まだ先の話と考えがちですが、作品が長くなりそうな予感と働きながらその合間に執筆するというやり方から、そんなに時間があるとは思わず、できるだけ早く執筆をするよう心掛けました。

 おわりに(下巻より一部抜粋)

 また、上杉憲実公のような人生は、私自身とても送れるものではないと痛感しました。憲実公は「の精神」を貫いて「義」を重んじましたが、これは上杉氏の伝統のように思われます。謙信を知っている方なら多少なりともお感じになるかと存じます。憲実公が学校を再興したというのは、彼だからこそ成し遂げられた功績であると思われてなりません。それが後世多くの方々によって保護され、現在の姿に至っているのです。今後とも是非残り続けてほしいと願っております。その足利学校には憲実公の木像(複製)が常設展示されています。また、この木像の原物が新潟県の)にあります。

 尚、この作品を執筆するにあたって多くの辞典、解説書や論文などを参考にさせていただきました。参考文献として掲げきれないので、この場を持ちましてお礼を申し上げます。また、憲実公ゆかりの施設の関係者をはじめとしていろいろな方々から、参考となるお話や励ましのお言葉などをいただけたから最後まで書き上げられたものと、たいへん感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 最後に、改めて申し上げます。

 平成二十二年(二〇一〇)は上杉憲実公・生誕六百年の記念の年にあたります。謙信のように決して派手でなく、目立った活躍はありませんが、「生粋の上杉っ子」である憲実公の存在が多くの方々の記憶に残りますようお祈りいたします。

 そして、本書を亡き父に捧げます。

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